2010年11月28日

第15回愛知ろう教育フォーラム

独立行政法人国立特別支援教育総合研究所
小田侯朗先生の講演


ろう学校、聾学校という名称は限りなく減っていく中で
愛知県の聾学校は名前を残してがんばっているなぁ
と思っていますが
やはり全国的には
生徒数が減少し、知的や、身体との併設になっていったりしている
傾向は加速している状況。
名古屋聾学校長によると
かつて20,000人いた聾学校の在籍児童生徒数は今6500人
愛知は539人  10年間横ばいだそうです。


小田先生の話は示唆に富んでいていろいろ考えましたが
今日はコードスイッチについての感想を。

かつて、我が家に愛知で暮らす韓国人家族が遊びに来た時
私がカタコトで「アンニョンハセヨ〜」と言ったら
5歳になる息子が私の顔を一瞬見て
「ここでの言語は日本語かハングルか」と判断したのを
見ました。
私の妙な発音で彼はその後正しく私に向かって
日本語を話したのでした。

こんな表情はつくしっこで初めて出会う聾のお子さんはみんなします。
そして、ろうのお兄さん、お姉さん。
    手話ができるけど聞こえる私のようなスタッフ。
    聴覚口話が求められる一般の人
みごとに手話表現を切り替えて使い分けています。
それが安定的にできるのはやはり5歳くらいからでしょうか?

今日の話では年齢は出なかったですけれど
聞こえる側の表出する手話が
中途半端だったり、単語漏れしていたり、手話としてはなっていないのにそれらしき表現で
相対すると子どもは、切り替えができない。
書き言葉で確認していくことが必要になるとのことでした。

5歳くらいからのお子さんを観察する限りでは
手話での助詞の使い分け、目的語の明確化は
まことにみごとで、聴者がそれを読み取ってれていないだけです。

ろう重複のお子さんは切り替えはできません。
乳幼児期に獲得した表出が一生続く人もいます。
声を出すのがよしとされて育てば
いつでもどこででも大きな声を出しています。
ろうと生まれたからには
バイリンガルに育つのは運命。
どれくらい切り替え能力があるのか見極めて
日本語指導、また発語指導をして欲しかったと思います。
…かった。と書いたのは
今のつくしっこではあまり無理やり音声日本語のお子さんは
みなくなったからです。


また、つくしっこにも楓にもいるブラジル人家族の
ろう、または聾重複のお子さんはにはさらに厳しい壁が立ちふさがります。
学校で手話と日本語、家ではポルトガル語
家にも手話環境が欲しいですがそうなるとポルトガル手話でなく
日本語対応の手話を家族が覚えることになり
それは家族が日本語を覚えるのが前提…という…

ぼくの、私の、母語は何?s-CA3H0127.jpg







posted by tukusi at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 普段の暮らし 
この記事へのコメント
そのスイッチ、とても実感します。
Posted by おがりき at 2010年11月29日 20:13
つくしっこにいたとき、聾の子どもたちを見ていて
そのコードスイッチをよく見てました。
自分と話すときは手話なのに、
聞こえるスタッフと話すときは声でしたし。

たしかにCくんの問題、
自分もずーっと引っかかったままです。

学校や地域での言語環境、
そして家庭での言語環境は子どもに大きな
影響を与えますから
どう支援していくかが肝心ですよね。
Posted by たけさん at 2010年12月05日 13:21
うおー
ボストンからの書き込み
ありがと〜〜です。
Posted by なとなと at 2010年12月08日 23:50
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/41890970
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック